畜産農場にとって、大切な資産である牛。
牛飼いさんの頭を悩ませる悩みの種の一つとして上がるのが、感染症です。
資産である牛が死んでしまったり、出荷できなくなる等、経営に大きく影響を与えます。
弊社がご支援している農場様からも、度々ご相談を頂戴します。
この記事では、牛に関する感染症の症状、対策をご紹介します。
感染症と伝染病のちがい
そもそも「感染症」とは、どのような病気なのでしょうか。
また、「感染症」と似たような意味合いで使われる言葉「伝染病」との間には、どのような違いがあるでしょうか。
国立国際医療研究センターによると、感染症とは「病原体(=病気を起こす小さな生物)が体に侵入して、症状が出る病気のこと」と定義されています。
(出典:国立国際医療研究センター)
一方で「伝染症」は感染症の一つであり、細菌やウイルスなどの病原体が、人から人、動物から人など、伝播して発病する病気のことです。
つまり、人間同士でも感染力が高いインフルエンザや結核、肺炎などが、伝染度合いが強い伝染病です。
畜産農家にとって脅威となるのは、家畜同士で広がっていき農場や地域全体に影響を及ぼしかねない伝染病です。
家畜伝染病と届出伝染病の違い
牛を含む家畜の感染症に関して、農林水産省が厳しく目を光らせています。
家畜の感染症を疑った時には、自治体の畜産振興課や、身近にある家畜保健衛生所に相談することが推奨されています。
しかし、調子の悪い牛を見て、自治体に相談するべきか悩んだことはないでしょうか。
届出を出すことを国によって定められている家畜の疾病(伝染病)があり、これらは防疫上の重要度により「家畜伝染病」「届出伝染病」「新疾病」に分類されています。
家畜伝染病とは
家畜伝染病予防法において、家畜の伝染性疾病のうち、家畜防疫上とくに重要なものを
「家畜伝染病」として、疾病の発生予防及びまん延防止のために様々な措置を講じることができるような体制をとるための規定が設けられています。
家畜伝染病予防法においては、家畜の感染が疑われた場合、家畜を診断し、又はその死体を検案した獣医師は、省令で定める手続きに従い、遅滞なく、当該家畜またはその死体の所在地を管轄する都道府県知事にその旨を届け出なければならないと規定されています。
届出伝染病とは
家畜伝染病予防法においては、家畜伝染病に準じる重要な伝染性疾病が法律で定められおり、拡大防止のため初期防疫の徹底を図るための規定が設けられています。
家畜伝染病と同様に、行政への届出が必須となります。
新疾病とは
家畜伝染病予防法において、外国由来の伝染病、新たに発見された病原体を「新疾病」と呼ばれています。
新疾病も、他の伝染病と同様に獣医師による届出が義務づけられています。
日本で確認されている牛の感染症・伝染病
牛の様子をみて、感染症を疑ったことがあるのではないでしょうか。
上記の3分類に含まれる伝染病の中でも、とくに日本でよく確認されている代表的な疾病を紹介します。
家畜伝染症
28疾病のうち、以下5つを紹介します。
BSE(牛海綿状脳症)
BSEプリオンと呼ばれる病原体に牛が感染した場合、牛の脳脳がスポンジ状に変形し、神経細胞が死滅し、死亡するとされています。
感染した牛から人間にうつることがあり、人間にうつるとクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)という重篤な脳疾患を引き起こすことがあります。
2〜8年の潜伏期間の後、異常行動、運動失調などの神経症状を示し、発病後2週間から6か月の経過を経て死にいたります。
BSEに感染した牛の脳や脊(せき)髄などを原料とした餌が、他の牛に与えられたことが原因で、1990年代に欧州で大流行し、多数の牛が処分される事態となりました。
現在は予防策が講じられ、発生件数は大幅に減少しています。
口蹄疫
牛、豚、水牛などが感染する病気で、生まれたばかりの家畜が感染すると死んでしまうケースもありますが、成長した家畜であれば、死亡するケースは稀だと言われています。
感染した動物は、体に水ぶくれのような症状がみられます。
人に感染することはありませんが、水ぶくれからウイルスを排出し、接触感染で容易に周囲の家畜に感染するため、感染確認後の隔離作業が必要です。
口蹄疫の特徴的な症状として、食欲不振痛みや不快感を伴う口内炎、立ち上がりにくいなどの動作異常が見られ、高熱(39℃以上)と、口や鼻だけではなく全身に水ぶくれがみられます。
ヨーネ病
ヨーネ病は牛の分泌腺が攻撃され、涙や唾液、乳汁の分泌が減少することが特徴的です。
そのため、乳産量の減少や、乳汁の質の低下、目の充血や涙目、口渇、口内炎などの症状が現れることがあります。
日本では1998年度から定期的な全頭検査が実施されていますが、現在も年間数百頭が摘発されている感染症です。
感染経路は感染牛から分泌された液体によって、他の牛に感染することが多く、感染母牛から子牛への感染が多くなっています。
その他にも発熱や下痢、筋肉の痛み、食欲不振、全身倦怠感などの症状も現れることがあります。重症化すると、牛の死亡率が高くなることがあるため、早期の発見と適切な治療が重要となります。
ブルセラ病
ブルセラ病とはグラム陰性菌が原因の感染症で、生産性の低下や不妊、流産、母子感染、発熱、関節炎、粘膜の炎症などを引き起こすことがあります。
また、人間にも感染することがあり、発熱や関節炎、リンパ節の腫れなどの症状を引き起こすことから危険視されています。
牛の繁殖に悪影響を与えるため、ブルセラ病は「不妊症」の原因として知られています。
ブルセラ病に感染した牛は、胎児や胎盤に感染することがあり、流産を引き起こすことがあります。特に、妊娠5か月から9か月の間に流産することが多いとされています。
その他にも関節炎や、発熱、下痢、食欲不振など、さまざまな症状を引き起こすことがあります。
しかし、他の病気との区別が難しいため専門的な検査が必要となります。
結核病
主にウシ型結核菌を原因とした感染症です。
この細菌は、牛以外にもヒトやその他の動物にも感染することがあります。
結核菌は、主に呼吸器官に感染し、肺に病変を引き起こしますが、他の器官にも感染することが確認されています。
結核病の特徴として、慢性的な咳やくしゃみや呼吸困難、食欲不振、乳量の減少などが見られます。
牛の結核病は、乳製品や肉製品を介してヒトに感染する可能性があり、人間にとって重大な公衆衛生上の問題となっています。
そのため牛の結核病は厳格な管理が必要であり、定期的な検査や、感染が疑われた場合には隔離することが重要です。
届出伝染症
届出伝染病」としては71疾病が登録されていますが、中でも代表的なものが以下2つになります。
牛白血病
牛白血病ウイルスが原因で発生する病気で、感染した牛が必ず発症するわけではなく、約70%は無症状で経過します。残りの30%は持続的にリンパ球が増加した状態となり、さらにその一部が長い潜伏期を経て発症するといわれています。
感染する牛は乳幼牛が多く、主に血液やリンパ組織に侵入して増殖します。
症状は、食欲不振、体重減少、貧血、リンパ節の腫れ、発熱、そして最終的には死に至ることがあります。
サルモネラ症
牛のサルモネラ症とは、サルモネラ菌による感染症です。
牛は、腐った飼料、水、糞便、または他の動物から感染することがあります。
感染した牛は、下痢、発熱、食欲不振、脱水症状などの症状を示すことがあります。
下痢の症状では悪臭を伴い、急性例の場合は死に至るケースもあります。
その他にも、症状に加えて肺炎や流産を引き起こす場合もある。
サルモネラ症は、食品汚染の原因となることがあるため、牛肉や乳製品を適切に調理しないと、人間にも感染する可能性があります。
新疾病
「新疾病」としては日々新たなものが出てきていますが、中でもよく目にするのが以下の2つです。
牛コロナ
牛コロナは、新生子牛や成牛の消化器系の異常を示す伝染病で、泌乳牛では泌乳量の大幅に低下させる感染症です。
新生子牛の下痢の原因として報告されているほか、成牛の冬季赤痢の主な原因としても知られています。下痢便や鼻汁を介した経口・経鼻感染により伝播します。
冬季に多発し、日中と夜間の温度差によるストレスが病状をさらに悪化させます。
乳用牛の間で流行することが多いと言われています。
主な症状は、子牛および成牛の下痢や脱水です。子牛では、1~2日の潜伏期間を経て、突然軽い発熱、灰白色の下痢便を排泄します。成牛では、3~7日の潜伏期間の後、褐色の水様性下痢がみられます。牛コロナウイルス単独感染では、下痢便はほとんど悪臭をともなわず、時に血液を混じることがあります。
牛ロタウイルス
牛ロタウイルスは消化管疾患の原因となるウイルスで、生後数日から1週間程度の新生子牛が急激に発症し、下痢、嘔吐、脱水症状を引き起こす伝染病です。
下痢便あるいは下痢便に汚染した敷わら、器具、人などを介することで経口的に感染します。
日本では全国的に発生がみられ、汚染農場では、繰り返し流行を起こす傾向があります。
生後数日から1週間程度で発病しますが、早い場合は生後すぐに発症する例もあります。
下痢が長期間続くと、脱水症状から体液バランスが異常をきたし衰弱します。
牛の感染症によってもたらされるリスク
感染症の被害によって、畜産農場ではどのような損失やリスクが発生するでしょうか。
伝染被害の拡大によって、自農場だけにとどまらず、地域全体に大きな損害を与える結果になったケースもあります
これまでに家畜の感染症によってもたらされた大規模な被害や、損失を見てみましょう。
出荷量の減少に伴う売上の打撃
牛ではなく豚の例となりますが、2018年に岐阜県のある養豚場で豚熱が確認されました。
岐阜県内の養豚場で感染が拡大し、合計24の施設で豚熱が発生し、約7万頭が殺処分されたことがありました。
発生が確認された2018年から4年が経過し、ようやく再出荷が再開されました。
4年間、豚を出荷することができない状態が続いていました。
豚農家は大きな打撃をうけることになりました。
感染確認後の殺処分が実施された後に、豚を育てることができなかった大きな問題が残されていました。
それは豚熱が野生の猪に感染していたことがわかり、すぐに運営を再開することができませんでした。
その後4年の歳月を経て、ウイルス感染症に強い性質を持つように豚を改良や、野生イノシシへは口から取り入れるワクチンを養豚場の周辺にまくなどの対策がとられてきました。
感染症は一口に殺処分するだけでは止まらず、長い期間をかけて対策や改良措置を講じることが求められ、経営に大きな打撃になることは間違いありません。
国際社会への伝播・和牛ブランド毀損
2010年、宮崎県のある牛舎で口蹄疫が確認されました。
口蹄疫は家畜伝染病予防法に従い、1頭でも感染が確認された場合、同牧場内の家畜は
感染した可能性が高いとして殺処分が義務付けられています。
さらに、殺処分した家畜を消毒し、地中に埋めなければいけません。
宮崎県で感染が確認された牛舎でも、殺処分した計700頭以上の牛を、地中に埋めなければいけませんでした。
牛舎の経営者は死体を埋めるために、新たな土地の売買契約を行うために4000万円の資金を工面する必要がありました。
この一頭の感染が拡大し口蹄疫終結宣言時まで、牛や豚など計29万7808頭が殺処分されるほどの被害が発生していました。
損失額は畜産業だけで1400億円、観光などを加えれば計2350億円に達したと言われています。
一連の感染症被害では、宮崎のブランド牛や、日本の畜産問題として大きく世界でも
取り上げられる災害でした。
災害以降、農家の感染症への理解や、予防対策への関心は高まり、自社の牧場だけの問題ではなく、畜産業界全体の課題意識を引き上げることになりました。
ヒトへの感染リスク
家畜が病原菌に感染することによって、人間への被害をもたらすこともあります。
知らず知らずに人間が感染する場合もあり、家畜が感染した場合、適切な対応が求められます。
過去には、家畜が感染した病原菌が人間に移り、従業員が亡くなった事故や、事故に関する裁判がとりこなわれています。
熊本県にある畜産研究所で、豚舎管理を行っていた従業員が、家畜由来の病原菌に感染し、亡くなったという事故が過去に発生していました。
同様の事故があった裁判でも、家畜由来の菌に感染して病気を発症する危険性を有すると認定しており、たとえ免疫正常者であっても、家畜からの感染例があるとして、判決が下されるケースがあります。
牛を感染症にかからせないための予防策
それでは牛が感染症にかからないために、農家さんができることはあるのでしょうか。
感染が確認されてからでは、手遅れになるケースが多い伝染病。
なるべく未然に予防する取り組みが必要不可欠です。
弊社がご支援している農家さんからのお話や、行政が推奨している取り組みをご紹介いたします。
農場内の衛生管理の徹底
農林水産省から、常の衛生管理の徹底を推奨されており、自衛防疫が家畜防疫の基礎をなすものとして位置付けられています。
(出典:家畜防疫対策要綱)
感染症の原因とされる病原菌や細菌は、家畜の糞尿、飛沫、呼気などの直接接触によって拡大します。
また、蚊やダニなどを介して病原体が伝播する非接触感染の2つによって感染症が蔓延することになります。
そのため農場内の設備器具の清掃の徹底、家畜や人の出入りなどによって病原体が農場内に侵入しないように細かに消毒するなどの対策が必要です。
消毒薬にも、塩素系やヨウ素系の消毒薬があります。
病原菌ごとに、消毒効果が高いとされている消毒薬も行政に確認することができます。
弊社のご支援している農家さんでは、床の清掃や、農場の出入り口に石灰を散布するなどの感染症予防を実施されているといったお話を多く伺いました。
予防接種と検査の実施
人間と同様に、家畜も予防接種や定期的な検査を実施することで未然に感染症をブロックすることが可能です。
自治体ごとに家畜保健衛生所や家畜衛生推進協議会が設置されており、家畜のワクチン接種が推奨されています。
ワクチンによる予防接種については、行政ごとにも補助金が出ているケースもあり、生産者の負担金額として、1回あたり200円程度で打つことができる場合もあります。
一方で、予防のためとはいえ、家畜へのワクチン接種を多用している畜産農家に対する一般消費者の考え方も変わってきています。
肉牛も酪農も最終的に人間の口に入るものを育てているので、家畜へのワクチン接種が人体や環境に及ぼす影響についても議論が活発になってきています。
家畜の免疫向上
ここまでに挙げた方法は、感染症の原因である病原体から家畜を守るというイメージが強い対策を紹介してきました。
一方で、そもそも病原体にも打ち勝てる家畜に育てるために、家畜の免疫力を向上させて感染症にかからない身体づくりに取り組むことも、日々の予防策として重要です。
その一つとして、飼料に生きた菌や微生物を混ぜる取り組みが近年注目されています。
人間が健康のために乳酸菌などの微生物を摂取するように、牛にも生きた菌を食べさせるという、畜産業界で注目されている新しい技術の一つです。
例えば、牛が菌を摂取した時、体内でバクテリアが増殖し、消化道・呼吸道・生殖道に行き渡ることで、家畜自身の免疫力が高まり、感染しにくい身体を作ることができます。
抗生剤に頼らない感染症予防という考え方で、ワクチンなどに良いイメージを持たない畜産農家や一般消費者からも注目されている取り組みです。
まとめ
この記事では、経営資産に関わる「牛の感染症」について焦点を絞りました。
重要な資本である牛が感染症にかかることは、農場経営の根幹を揺るがしかねない問題です。
まずは、すぐに着手できる清掃の徹底から改めて見直していきましょう。
毎年、感染症が出てしまうという農場様には、感染症の根本原因を断つにあたって弊社がお力になれるかもしれません。
ご相談をお待ちしています。